PEOPLE05
過去の思いを、未来に遺す

どこまでも真摯に、できるだけ謙虚に、
事実を遺す〝きっかけ〟として色をつける

  • VFXデザイナーI

NHKアートには、記録として残されたモノクロ映像に色をつけるチームがあります。時代背景をリサーチし、事実に基づいた色を選び、映像の全フレームに着色をしていく。その作業は気の遠くなるような膨大な作業量ですが、AIを使った技術開発によってクオリティーと効率の両方をアップすることができるようになりました。その事業の立ち上げから携わるVFXデザイナーIさんにカラー化という仕事とその仕事への思いを聞きました。

時代背景や撮影環境を調べ、たどり着く一色

まずは、Iさんのお仕事について教えていただけますでしょうか。
私は、昔のモノクロ映像に、デジタル技術で色をつけてカラー化する仕事をしています。まるで塗り絵をするように色をつけていくのですが、動画となるとそのフレーム数は1カット何百枚にも及び、その分膨大な作業量となります。2014年に初めてカラー化をした時には、デジタルソフトを使用して全て手作業で色をつけましたが、2016年からはAIも導入しているので、仕上げるスピードはかなり短縮できるようになりました。
色をつけていくということですが、その色はどのようにして選んでいるのでしょうか?
ご依頼をいただくモノクロ映像は、戦争関係のものが多いんです。なので、番組の制作チームから軍事や衣装に詳しい方に依頼していただいて、色の資料やサンプルを入手し、それを元に当時あったであろう色を選んでつけていくことが多いですね。着物の色や柄についても、専門の方に伺って、時代によって着物と帯の色の組み合わせで「あり得るもの」「あり得ないもの」という組合せのパターンを教えていただくこともあります。布の素材も考慮しながら、この辺りの色じゃないかというのを推測して色を選ぶこともあります。謎解きのような部分もありますし、色をつけてみて初めてわかることもあるので、色を探す作業はわくわくしますね。ちなみに、資料も見つからなくて色がわからないときは、あえて色をつけずに何色とも取れないセピア色のような中間色を塗ります。軍人の勲章などは時代や階級で色が異なるので、適当な色を入れてしまうと事実とは違う情報を与えることになってしまいます。色が明確でない部分は勝手に色を入れるのではなく、オリジナルを尊重して、あえて色を入れないという選択をすることもあります。
事実を映したものに色をつけるというのは、絵に自由に色をつけるのとは違う難しさがありそうですね。
そうですね。作業をする中で気づいたのですが、私たちは実際に見たことのある色、馴染みのある色を選んでしまいがちです。今生きている現代で感じている色と、戦中など昔の時代の色では、かなりの違いがあるので、当時の人たちがどんな環境で生きていて、どういう生活をしていたのか、という背景を作業スタッフにも共有することが、色の共通認識として大切なプロセスとなります。また、100年以上前の映像だと、手動のカメラで映像を撮っているものもあります。手動で撮ったものは、フレームレートが一定ではありません。フレームレートが一定でないと自動のツールは使えないので、色をつける前の段階でこの映像がどんなふうに撮られたものなのかは目星をつけて、色つけのアプローチ方法を考えることもあります。
撮られた環境や条件みたいなものも、色には大きく影響しますよね?
どんな光のもとで撮られているかで、色の選び方は変わります。朝なのか昼なのか、影の位置で太陽の高さを推測することもあります。地球上のどこで撮られたものなのかによっても、光の具合は変わりますよね。こういう視点は、VFXの制作をしている部署にいるからこそ、得られたものだと思います。VFXチームの先輩が作業したものを通りがかりに見て、「これちょっと違和感あるね」なんて指摘してくださったこともあって、とてもありがたい環境です。NHKアートには、障壁画を専門に描いているチームがあるのですが、襖絵の色について相談に行ったら、絵の具の種類や材料、光が当たった場合の見え方に至るまで快く教えてくれたことがありました。さまざまな分野に精通する従業員がいるというのは、NHKアートの強みだと思いますね。
AIを導入したといえどもカラー化の作業は地道なもの 資料でひとコマひとコマを慎重に確認していく

人とAIのハイブリッドでクオリティーを上げていく

最初は手動で色をつけていたということですが、ここ数年でやり方に変化はありましたか?
はい、現在はAIも導入して作業をしています。AIの技術開発のきっかけになったのは、2015年に70年の節目ということでNHKの番組から依頼を受けた太平洋戦争の映像でした。すべて手作業で行ったのですが、40分の映像のカラー化は時間もコストも膨大。また、戦争の映像だと、スタッフは凄惨な画像を何日も見続けることになるので、大丈夫とは言っていても、つらく感じて、知らず知らずのうちにストレスをかかえていたり。そんなスタッフの様子も見ていて、これまでと同じ方法ではこれからのこのようなカラー化の仕事は厳しいかもしれないと思いました。それで、少しでも自動化できたらいいなと思っていたところ、AIに詳しい会社を紹介してもらったんです。そのときはまだAIに関する知識もあまりなかったので半信半疑な部分はあったのですが、専門家に相談でき、前向きに開発をスタートすることができました。
AIの開発は、どんなふうに進んでいったのでしょうか?
実は最初、私自身もAIをかなり疑っていたんです。私たちがひとコマひとコマ心を込めて塗っていたものを、ボタンひとつで一気に作業できてしまう感じに悔しさを覚えるというか。「AIはカラー化のことは何も分かってない!」 とすら思っていて(笑)。でも、私自身もAIのことを知らなすぎることに気づいて、そこからAIができることや得意なことを調べました。また、初めはAIに人と同じことをさせるイメージだったのですが、実際にテストをくりかえしてみると、AIにも得意不得意があることがわかって。次第に、ベーシックなところはAIにお願いして、人がやるべきところにもっと時間をかけることができたら、よりいい形でAIと付き合っていけるかもしれないと思えるようになって、今では人とAIのハイブリッドでよりいいものを目指すことができるようになっています。AIが嫌いなだけではそういうアイデアには結びつかなかったかもしれませんが、一時期は「敵だ!」と思っていたAIをきちんと知ったことによって、AIのいいところも人にしかできないところも発見できたのは良かったと思います。
AIの起用によって、カラー化の作業は内容も時間も変わったのでしょうか?
時間としては、2015年に手作業で行った40分の映像は準備期間を入れて5ヶ月かかっていましたが、2022年にAIも使いながら行った69分の映像は準備期間を入れて4ヶ月で仕上げています。色を決める作業は変わらずに人がやっていて、リサーチなどにはどうしても時間がかかるのですが、色をつける作業と修正はAIのおかげで効率化されています。現在は、色を塗るAIと、画像を伝搬していくAI、ふたつのAIを使って作業を進めていて、全体の作業時間が短縮された分、重要なカットや丁寧に作業する必要があるところに時間をかけられるようになりました。今は、作業の効率化とカラー化の質をよりよくしていくためにAIが入るという認識です。
AIを起用したカラー化した映像について、反響はあったのでしょうか?
AIを開発したタイミングで、昭和前半の大相撲の白黒映像をカラー化したものを、NHKが「大相撲中継」で放送するために(放送/2017年5月)カラー化したいという相談があり、AIを使って初めて放送クオリティーのカラー化映像を作成したのですが、無事に放送クオリティーをクリアして放映することができました。新しいことをやっているということもプラスに捉えていただいて、その後は「AIでカラー化したい」と、ご依頼にその枕詞が付くようになりました。カラー化自体は視聴者の方からも大きな反響をいただいて、若い世代の方達からは、「洋服も意外にカラフルでびっくりしました」「昔の人も自分たちと変わらない暮らしをしていたのですね」という感想をいただきましたし、年配の方からは「当時を思い出しました」「頭の奥にしまっていた記憶が呼び起こされました」という声も寄せられました。カラー化が、そんな気づきのきっかけになれたのは、とてもうれしいです。

事実を視覚的に伝え、見えないものを後世に遺す

Iさんご自身も、カラー化したことで知ったことや驚いたことはありましたか?
印象深いのは、終戦直後の沖縄にいる兵隊さんのカットに色をつけたときのことです。服にシミみたいなものがついていて、汚れだろうと考えて泥のような茶色をつけていたのですが、専門家の先生にお店したところ、当時の日本には迷彩服を作る余裕がなくて、国民服に墨汁で迷彩模様を手描きでつけていたということがわかりました。茶色にしていたところは、黒が正しい色だったんです。また、長崎の『焼き場に立つ少年』(アメリカ従軍のカメラマンであるジョー・オダネル氏が原爆投下後の長崎で撮影したとされ、世界中に公開された一枚)という有名な写真があるのですが、この写真を主題とした番組、ETV特集『“焼き場に立つ少年”をさがして』(放送/2020年8月)でもこの写真の色つけを担当しました。色をつけていた時に白目の部分が不自然なグレーになっていることに違和感があり、専門の方に伺ったら、原爆で被爆している影響で白目の血管が切れ充血しているのではないかと考察いただきました。色をつけてみて、初めてわかることがあるというのは、とても驚きました。
カラーにすると、ショッキングなものはよりショッキングに映りますが、子供や女性たちが大変な中でも明るく笑顔で映っているものには癒されますし、生きる活力みたいなものを受け取る感覚もあります。色をつけることで見えてくる事実を、現代の人たちに伝えることができるカラー化になるといいなと思います。
カラー化について、あらためて難しさを感じたことはありますか?
歴史的な出来事にまつわるものは特に、私たちが色をつけていいのだろうかと思うことがあるのですが、それは大切な感覚のような気がしています。私は、元のモノクロ映像もオリジナルとして尊重をしたいと思っていて、カラー化はよりその事実が後世に伝わるためのひとつのきっかけになるためのもの、というスタンスでいます。技術的な部分が表に出てしまいやすいのですが、当時の人が生きていた姿や過去に実際にあった出来事の記録、それが正しく伝わるためのカラー化であるということを忘れずに、敬意を払って題材と向き合っていきたいと思っています。右から左への作業ではなく、チームとして真摯に作業をしていくために、色について意見を聞いたりディスカッションをしたりするようにもしています。やっぱり、つくる側の気持ちは、映像にのって届いていくような気がするので、スタッフのみんなにも喜びやりがいを感じてほしいなと思います。
これからのカラー化でやってみたいことはありますか?
モノクロのものに色をつけるということを、いろいろな人に体験してほしいなと思っています。小学校の授業でもいいですし、幅広い年齢層に向けた生涯学習でもいいですしね。お家に残っている古いモノクロ写真を題材にするのも楽しいかもしれません。どんな色をつけるのかを決めるには、その時代のことを調べなくてはなりませんから、社会の勉強にも繋がります。楽しみながら、昔の時代が今に繋がっていることを知って、人生をより豊かに感じられる、そんなご縁になったらいいなと思います。
実は、私はもともと絵画修復を志していました。何もしないでおくと朽ちてしまうものでも、人の手が加わることで未来に残しておける。そういうところに心惹かれていたのですが、カラー化も同じような魅力があると今は感じています。当時の人の生きた姿、今はなくなってしまったもの、それを見ていろいろな人の中に蘇る記憶や溢れる思い。そういう目に見えないものを、後世にも伝えていきたいですね。

プロフィール

2013年株式会社NHKアートに入社。専門学校では絵画の修復技術を学んだ。 2014年に放送されたNHKスペシャル『カラーでよみがえる東京~不死鳥都市の100年~』で白黒映像をカラー化する仕事に出会い、以来、自身のライフワークとして取り組んでいる。
好きなことはさんぽ。美術館巡りをする時間を大切にしている。