PEOPLE04
エンタテインメント番組を支える仕事

まちがいのない
安全性を堅守しながら、
『NHK紅白歌合戦』を
視覚的に盛りあげる

  • H

    ホール運営管理技術者H

  • Y

    美術プロデューサーY

大みそかの『NHK紅白歌合戦』をはじめとするNHKのさまざまな音楽番組で、ミュージシャンによるパフォーマンスを視覚的に盛り上げる大がかりな美術セット。それらを決められた行程と予算の中で製作し、舞台に設営、そして番組の中で素早く転換を行うという業務は、視聴者の見えないところにも発想と労力がかかる大変な仕事です。今回は、その美術セット制作と進行の全般に携わる美術プロデューサーのYさんと、ホールの担当として設営から本番、撤収まで安全を最優先に遂行するホール運営管理技術者のHさんに話を聞きました。

見えるところも見えないところも、美しく安全に

まずは、YさんとHさんの仕事を教えてください。
Y私の仕事は、主に歌番組の美術セットをつくる仕事をしています。デザイナーから届いたデザイン図を元に、美術予算に納まるように、仕様や素材・材料などのコスト調整を行いながら、リアルなセットを作り上げていきます。構造的な部分も考慮して、実際の設置方法も選定して決めていきます。決して倒れることのない安全性が最重要ですから、表層に見えるところよりも基礎や構造であったり、見えないところに予算がかかることもあり、全体の予算管理が大変です。また、セットを動かすのにどのくらいの人員が必要か、どのような配置でセットチェンジを行うとスムーズか検討し、セットの搬入と設営、そして撤収までの一連のスケジュールを調整するのがとても大切な仕事です。
H私は、コンサートや舞台、NHKの歌番組の収録を行う際に、ホールの舞台の上と音響や照明を管理運営していく仕事をしています。今はNHKホールを担当しています。番組の収録であれば、Yさんの部署からあがってくるセットの情報や段取りを元に、大道具さんたちと舞台にセットを組んで、本番の操作や転換を行って、撤収までを一貫して見ています。ホールによって、持っている装置や機構はさまざまです。NHKホールには、ステージの床を動かすことができるスライドステージが備わっていますので、そういった装置を使いながら、いかに安全にセットを動かしていくかを考えます。生放送の歌番組になると、毎回、安全とスピードのせめぎ合いです。年に2、3回は大変な転換があるのですが、その中でも大晦日の『NHK紅白歌合戦』は、本当に緊張しますね。事前に打ち合わせを何回も行いますし、リハーサルもして臨むのでのですが、どうしても本番では段取り通りにはいかないこともあるので大変です。
YさんとHさんの仕事は、内容が少しかぶるところもありますが、気を使うところが少しずつちがいそうですね。
Yそうかもしれませんね。セットの内容が分かってきた段階で、まずセッティングのスケジュールを決めるためにHさんの部署に相談に行きますね。例えば、天井に吊るセットと、床置きのセットが混在している場合は、それぞれを同時進行せずに、日程を分けて行うんです。どうやったら安全に遂行できるのかという部分も含めて、相談させてもらうことが多いです。
H図面を元にセッティングをどうやったらいいのか、可能かどうかについて相談されたときには「ここはちょっと危ないんじゃないか」など、懸念箇所を伝えて一緒に考えることもよくありますね。私が最も気を使うのは、やっぱり安全ですので現場では常にキョロキョロしていて、特に上をよく見ています。ホールの上にはバトンというのが何十本もあって、そこにセットを吊って、それを上げたり下げたりしてセットチェンジをするので、物がひっかかっていないかなどいつも見ておく必要があるんです。一人では全てを見ることができないので、チームの中で誰がどこを見るかを決めて、インカムでコミュニケーションを取りながら確認をしています。
『NHK紅白歌合戦』など、お客様を入れて行う公開収録となると、テレビ番組の撮影としての見え方と客席からの見え方という、異なる二つの視点を気にかけなくてはならないのでしょうか?
YNHKホールだと3階席まであるのですが、かなり角度がきついので、3階からだと正面からは見えないセットの奥の方が見えてしまうことがあります。テレビ用に撮影する時には正面から撮影することが多いので奥の方は見えませんが、お客様の目線を考えて、見えても良いように裏側まで仕上げたり、余計なものが見えないよう配慮しながら進めています。
Hカメラをのぞきながら確認してもらって「OK」と言われていても、必ず客席に行って自分の目で確認するように心がけています。最前列はステージの袖のあたりもよく見えてしまうので、「あそこ見えているよ」とか「あれ動かして」とか、細かいところまでチェックして指摘することもありますね。

技術進化による変化にも、発想とチームワークで

想定外のことが起きるということも?
Yありますね。出来るだけ綿密に確認作業をするようにしているので、そこまで大変なことにはなりませんが、大きなセットは、施工会社の工場のサイズや納期、作業を行う職人さんの人数も考えて、いくつかの協力会社に分割して発注することがあります。分割したものは、それぞれ精密に作ってあるのですが、現場でいざ合わせたときに一部が合わないところが出てきてしまうということもあります。ですが、NHK紅白歌合戦くらいの規模になると、現場で手直しが出来る人員と修正する時間を確保しているので、想定外の事案が起きても対応する事ができています。
Hその場で修正が発生することはあっても、全くダメっていうことはないんです。でも、最近は美術セットも進化しているので、今までになかった設置方法を考えたり、これまでとは違った安全面の配慮が必要になったりということはあります。例えば、さっきYさんの話にあったように、それまでは主に木材で作っていたセットが鉄骨中心になり、セットが重くなってきています。安全にバトンでセットを吊るための計画作りがますます重要になってきました。
Yそうですね。バトンだけで安全性を担保できない場合には、補完する装置の設置も行います。それらはまったくテレビには映らない装置なのですが、安全確保のためにそこにかなりの予算を割いています。
Hその装置をYさんが計画したのを見て「よく考えたなぁ」と感心しました。私は、バトンとその装置の動く速度をアナログで調整しながら操作することに最も神経を使いました。
美術セットの作り方が進化していることで、設営にも今までとは異なる対策が必要になってということですね。
Y以前は基礎から木工で組み立てられているものが主流で、使い終わったらその都度、素材分別をしてリサイクルしていました。現在は丈夫で壊れにくい鉄骨が主流に変わってきていて、1回使って終わりではなくその後も繰り返し使います。鉄骨になったことで、セット自体の重量がかなり重くなったので、安全面にも今まで以上に気をつけなくてはなりません。木工なら小さな棘が刺さるようなことはありますが、鉄骨ではそのようなことはほとんどありません。でも、足を挟んだとかそういうことが起こると、骨折をしてしまうくらい大きな事故につながってしまいます。そのために、セットの移動ひとつでも、声がけをしながら安全面に気をつけて作業をしています。
YさんとHさんのセクションで協力して、トラブルを回避するということもあるのでしょうか?
Y実は、ふだんは私とHさんが会話をするときっていうのは、あんまりいいときじゃなくて。
Hそうだね。困ったときだよね。
YHさんと話すのは、大体なにか想定外のことが起きたときなんですよ。「Hさんが呼んでいます」とか言われると、ちょっといやな気分になるというか。なんかあったなって。もちろん、過去に起こってしまったことから学んで対策をしているところもあるのですが、大きい番組になると美術スタッフだけでも200人以上が一気に作業をしているので、見えていないところで想定外のことも起こりえます。わたしたちは、それを先回りして予測してリスク回避する役割も担っています。
H確かに、うまくいっているときは、特にコミュニケーションを取っていなくても大丈夫ですね。お互いに責任のある立場なので、ごくまれに想定外のことが起こったときに対処を相談することはありますね。なので、そういう意味では、なるべく顔を合わせる機会が少ない状態がいいことになるのかもしれません。

古いものを手放し、これからのために変えていく

これからチャレンジしてみたいことや変えていきたいことはありますか?
Yずっと変えたいと思っていて、やっと変えることができたのが、年末年始の働き方です。年末年始はNHKホールで収録する大型の番組『NHK紅白歌合戦』と『NHKニューイヤーオペラコンサート』が続きます。これまでは質が高いものを円滑に仕上げるためにNHKホールを熟知した同じチームでチームワークよく進めていくという体制でした。ただ大型番組を連続すると、間に休みが入ったとしても体だけでなく、緊張が続くので心も疲れます。疲労は安全面にリスクを生みます。そこで2022年は、部分的にそれぞれの番組ごとのチームで進めました。2チームに分けるので人数は少なくなるのですが、時間もあき1番組に集中して対応することができたので、結果的に効率よく安全に作業が進んだと思います。こういう働き方の改善は、続けていきたいですね。
HNHKホールは2021年3月から2022年6月まで改修工事のために休館しました。その期間は私にとってもいろいろな業務の見直しのタイミングでした。それで3カ年計画くらいで「古いものを壊そう!」と思っていました。意味なく続いてきてしまったしきたりみたいなものだったり、ホールの中にずっと保管されていて使っていないものだったり。そういうものを思い切って手放して、そのかわりに新しいものを取り入れるということを心がけていたんです。自分で「ヴィンテージブレイカー」って言っていたくらい(笑)、壊すとか捨てるとかそういうことを徹底してやっていました。若手の育成についても、今までのトップダウンのような教え方ではなく、自分たちで考える力を育むことができるように、そして責任を持ちながらも自由度を高く持って仕事ができる人材になるように、アドバイスを心がけています。「仕事に近道はないけれど、遠回りをする必要はない」ということも、よく話しますね。サボるということではなく、効率的によい仕事をするという意味で時短を心がけることや楽な方法を選ぶことは、安全にミッションを遂行するために大切なことだと思うんです。また、新たな業務として、公演の映像を撮って配信をしたり、収録したものを編集して納品するという業務も増えています。ホールでリアルな管理運営の仕事をする私たちだからこそできる、このような新しい仕事にこれからの可能性を感じています。
最後に、いまの仕事の魅力を教えてください。
Y周りの人たちにもよく言うんですけど、今までこの仕事を辞めたいと思ったことがないんです。毎回毎回、違う趣のセットがあって、演出があって、勢いのあるアーティストが出演して。その場に携わるというのは、とても楽しいですね。スケジュールと予算の調整は毎回大変で頭を使いますけど、想像を超えてくるようなすごいパフォーマンスに、自分も美術担当として関わらせてもらっているというのは、やはりうれしいですし、やりがいも感じています。昔から美術セットを作ってきたノウハウも持ちながら、現代の最先端の演出にも挑戦していて、そういうものをさまざまな分野のプロフェッショナルの経験と知恵で総合的にディレクションできるのは、NHKアートの強みだと思います。
HNHKアートってどの仕事も、視聴者には見えないけれど、それがないと成り立たないみたいな裏側を支えている会社で、それが魅力だと思っています。NHKホールは、毎週生放送をやっていますが、そういうホールってなかなかないと思いますし、それを支えているということは誇るべきところです。年に何回かしびれるような転換があるんですが、それを成功させたときの満足感や爽快感は特別です。公共放送の一旦を担っているという自負もありますし、とてもやりがいを感じています。この仕事はなかなか説明するのも難しいのですが、とても魅力的で立派な職業だと思っています。もっと若い皆さんにも知っていただきたいです。

プロフィール

Y

2013年、NHKアートに入社。『NHK紅白歌合戦』や『18祭』など音楽番組の美術制作・美術進行を担当。予算やスケジュールを管理する美術プロデューサーの役割を担いながら、現場の進行では後輩を育成することも大切にしている。好きなことは釣り。

H

2012年、NHKアートに入社。NHKホールのホール運営管理技術者として現場を守り、またチーフディレクターとして後輩の育成を担っている。好きなことは音楽鑑賞。しびれる現場を終えた帰り道に飲むビールがたまらない。