PEOPLE03
リアルタイムCGをつくる仕事

〝ない〟から生まれる
仮想世界が、
リアルよりも
リアルに人の心を動かす

  • デザインテクノロジストM

これまでのテレビ番組といえば、セットの中に出演者が並んでそれをカメラで撮影して、という手法がスタンダードでしたが、そんな概念も変わりつつあります。画面の中に広がる世界はCGで作られ、その中に出演するのもアバター、その仮想空間の中にカメラマンが入るという収録方法も生まれ、映像世界のデジタル化はコロナ禍を経てどんどん加速しています。そんな新たな番組づくりに欠かせないCG制作のディレクションを担うMさんに、制作の裏側とCGの魅力について話を聞きました。

リアルタイムCGが広げる新たなテレビ番組の
可能性

最初に、Mさんの仕事の内容について教えてください。
私は、リアルタイムCGをつくる仕事をしています。リアルタイムCGは、ゲームのようにユーザーが操作することができるのが特徴で、最近は番組の舞台としても機能しています。番組の制作チームから「こういうシーンを作りたい」というような、まだ輪郭がはっきりしていないふんわりとした相談をいただいて、その実現のための方法や絵作りについて総合的にディレクションをするのが私の仕事です。今あるソフトウェアの中でできるのか、どの方法が効率的か、長期運用を考慮するならどの方法がいいかなど、見た目ではわからないところも含めて提案しています。技術チームだけでもわからない、美術チームだけでは難しいみたいなところを、いかに取り持つかが肝になる仕事です。
番組のセットをCGで作るようなイメージでしょうか?
そういうこともありますね。背景として作ることもありますが、出演者のアバターを制作することもあります。その場合は、セットも出演者もすべてがCG。その中にカメラマンが入って、CGの中を撮影します。番組によっては、視聴者も一緒にその中に入って出演者とコミュニケーションを取ることができる、というものもあります。数年前までは存在しなかった新しい番組の作り方ですよね。番組の内容によって、気にかけるところもいろいろ。福祉系の番組であれば視聴者の年齢層も幅広くて、タブレットも触ったことがない方も多いので、操作のしやすさやわかりやすさも考慮しなくてはなりません。こういう案件でアイデアを広げるためにも、いまユニバーサルデザインを勉強しています。
具体的には、どんな番組に携わっているのでしょうか?
2022年11月に放送された『未来王2030』は、SDGsをクイズで楽しく学び、“自分ごと”にしてもらおうというVRを駆使したエンターテインメント番組でした。舞台となる仮想空間はもちろん、高校生たちやゲスト出演者が操作するアバターも作りました。ネオンがたくさんついた夜の渋谷の街に、北極のシロクマを登場させるとか、空からコインが降ってくるとか、そういうシナリオは制作チームからもらうのですが、それをどうやって登場させたらいいか、コインをどう降ってくるようにしたらいいか、という表現の部分は自由に任せてもらうことができたので、CGチームでコミュニケーションを取りながら、「こっちのほうがよくない?」なんて試行錯誤しながらつくりあげました。自由度が高いほど大変なこともあるのですが、なんでもつくることができるのは、やっぱりとても楽しいです。収録しているときに、カメラマンさんが「おぉ!」と驚いてくれたり、CGチーム以外の人がリアクションしてくれたりすると嬉しいですし、やりがいになりますね。
担当した『未来王2030』のリアルタイムCG画面 打合せでもカメラやアバターを動かしながら進めていく

CGの枠を超えるために細かい調整を積み重ねる

手話CG実況にも携わったと聞きました。人物の代わりのCGというのは、またセットやアバターとは違う難しさがありそうですね。
スポーツなどの実況を行う手話CGの制作に携わっています。基本的には、手の動きの辞書みたいなものをつくって、そこから自動で読み込んでCGになる仕組みですが、難しかったのは手の動きというよりは、人の自然な表情です。人の顔のポイントがどう動いたかを数値にしていて、それをキャラクターに反映しているのですが、それだけでは表情が自然にならなくて、ちょっと違和感が出てしまったり、かわいくなくなってしまったりするんです。笑っている顔と口を開けている顔が混ざったら、ちょっと気持ち悪くなってしまったということもありました(笑)。やってみては考えての繰り返しで、微調整に労力を費やしました。CG制作は最初とてもシンプルな動きからはじまりますが、それでは簡素でCGの枠を出ることができません。今回の手話のCGのようなものは特に、なるべく自然に見せるために動きや表情を滑らかに見せるアニメーション的な調整を加えることがとても大事だと思います。
言葉や表情の他にも、うなずくみたいなちょっとした仕草は自然に見せるためにとても重要な要素です。これがないと簡素な印象になってしまうので、技術的な制限、時間的な制限、コスト的な制限など、さまざまな制限がある中で、CGとしてどこまでをつくり込むか、どこまで妥協せずに詰められるかが毎回の課題です。でも、細かいところの調整が、最後に効いてくる気がしていますね。先ほど紹介した『未来王2030』は、私たちがつくったCGの空間にカメラマンが入って収録撮影をするのですが、思ってもみなかったアングルからかっこよく撮っていただけることがあって、そういう瞬間に細かいところまでこだわった苦労が報われたような気持ちになります。
Mさんが理想的なCGを作るために大切にしていることはどんなことですか?
日頃から観察する眼は持っていたいと思っています。人に限らず、木製の家具の木目がどんなふうに見えているか、建物が並んでいるときの見た目のバランスはどうか、空間の壁の色が与える影響など、日頃から目にするものを考えながら見ておくことは大切ですね。テーマパークに足を運ぶと、建物がどう見えてくるかなどの景観も含めて計算されていて、そういう部分も参考にしています。
また、やってみないとわからないことって多いと思うので、できるだけ生で体感するということを大切にしています。先日も、初めてバンジージャンプを体験しましたし、以前スカイダイビングにも挑戦してみました。どんなことでも、勉強になるんですよ。とは言っても、やってみようと思う動機は、どこかに生かせるかもしれないという下心半分、ただやってみたいという好奇心半分ですけどね。

人の心を動かすCG表現をさまざまな形に

ところで、MさんがCGに興味を持ったのは、どんなきっかけがあったのでしょうか?
私は、もともと高校時代に『スターウォーズ』や『アバター』を観て、映画のCGに携わる仕事がしたいと思っていました。それら映画のCGが見せてくれた世界は、リアルには存在していないけれど本当に存在しているような気分にさせてくれましたし、作品の中でのリアリティがありました。その世界をどうやってつくるのかが純粋に気になって、憧れを抱くようになったんです。体験や感動に繋がるコンテンツをつくることができるというところにも、大きな魅力を感じました。当時はそれを叶えられるのは映画だけだと思っていたのですが、NHKアートでもいろいろなチャレンジをさせてもらって、活動のフィールドの選択肢はひとつじゃないと思うことができるようになりました。
映画のCGに興味を持っていたMさんが、NHKアートに興味を持ったのはなぜですか?
私は、大学では情報メディアや情報デザインを学んでいました。情報をどう伝えるかという分野を専門に学んでいたので、実はCGは独学です。在学中にはCGの他にも、デザインや映像編集、プログラミングなど、いろいろなことに興味を持っていて、深くはありませんが勉強しながら自分なりにやってきたので、そういうものを生かすことができる職場があったらいいなと思っていました。教育系のコンテンツや博物館の展示も好きだったのでそれらを見に通っている中で、NHKアートという会社を知ったのがこの会社との出会いでした。テレビに限らずいろいろなことに関わることができそうなイメージがあって、そのジャンルの広さに心惹かれました。就職したら使うことはないかなと思っていたプログラミングやWEBデザインの経験も、案件によっては役立つことがあったんです。案外、どんな知識もむだではないということですよね。
今、あらためて感じているCGの魅力について教えてください。
やはり、コロナ禍はひとつの気づきのタイミングだったと思います。私自身、人に会うことができない日々の中、CG空間で人とのコミュニケーションを取れたことに救われたと思います。ゲーム空間の中だったら人は集まることができましたし、同じ体験をして感想を言い合うこともできたりして。そのおかげで、寂しさを感じることも少なかったんです。思いがけずリアルな交友時間から引き離されたことで、よりCGの可能性を感じることができたような気がします。 自由に、と言っていいかわからないのですかが、何もないところからひとつの世界をつくっていけるのがCGの最大の魅力だと思います。そして最終的に、何人ものスタッフの技術やセンスを集結させてみんなでつくりあげたものが、ひとりでつくるものよりもずっといいものに仕上がると、チームでものづくりをするおもしろさを感じて、グッとくることがあります。同じものづくりというフィールドでそれぞれに専門性を持つ他部署の人たちとも、チームとして仕事ができるのはこの会社の強みです。展示の一部にCGを使いたいとか、プログラムを組んでアプリにしたいとか、案件によっていろいろなアウトプットに仕上げることができるので、これからますますNHKアートならではの視点で、CGを生かすことができるフィールドを広げていきたいです。

プロフィール

2017年株式会社NHKアートに入社。デジタル技術を生かした新たな映像美術制作を目指し、番組業務を進めながら、3年前からは兄弟子のような先輩社員とさまざまな開発にも挑戦している。おもしろそうなことに遭遇したら、とりあえず何でもやってみる。すてきな名前をつけたペット(爬虫類)と自宅で過ごしながらゲームをする時間が至福。