ドラマ番組の世界観をつくる仕事
ドラマの美術とは、
ドラマの美術とは、
過去を想像して
空間に時を宿すもの
美術進行K
美術デザイナーS
NHKの連続テレビ小説や大河ドラマなど、物語の舞台となるさまざまな時代や地域の世界観をセットや装飾物としてつくりあげるドラマ美術チーム。中でも、イメージを膨らませて視覚的に落とし込むデザイナーと、取材から段取り、予算管理にいたるまでをトータルで取りまとめる美術進行の二人に、仕事の領域や関わり合い、NHKアートのドラマ美術の魅力について聞きました。
形に落とし込むデザイナーと、
制作の全てを取りまとめる美術進行
- ふたりは、どちらもドラマの美術に関わる仕事ということですが、それぞれのどんなことをしているのでしょうか?
- 私は、テレビドラマの美術セットをデザインしています。台本に出てきた場所や建物について、時には取材やリサーチをしながら具体的な形にしていく仕事です。場所や建物のことだけを考えればいいかというとそうではなくて、そこにはどんな人がいるのかも想像します。どんな性格でどんな服を着てどんな振る舞いをしているのか、そういう人が暮らす部屋はどんな部屋だろう。そんなふうにイメージを膨らませてデザインしていきます。
- 建物のデザインだけではなく、その背景まで考えながら、というのがポイントですね。
- ドラマのセットとして住宅をデザインする時、建築の住宅の設計と大きくちがうところは、新築の設定でない限りは、過去に暮らしていた時間の形跡みたいなものを表現しなくてはならない、というところです。例えば、猫と暮らしている設定であれば、壁に猫のひっかき傷があるとリアリティが増します。そういう細かいところもデザインの一部になるというのは、この仕事をはじめた当初に驚いたことのひとつです。
- 他にも、通常の建築やデザインとは異なる部分が?
- セットの制作では尺貫法を用いるという点は、特徴的なところかもしれません。一尺が、約30.3㎝。設計するためのグリッドの用紙も、一尺単位になっています。最初はなかなか覚えられなくて、日頃から目にするものを「これは一尺五寸くらいかな」とか測りながら慣れていきましたね。
- 私も、尺貫法は全くわからず入社しましたね。あとは、上手(かみて)下手(しもて)という呼び方も右左じゃないんだっていうのは驚きましたし、最初はよく間違えて怒られてました(笑)。
- Kさんの仕事は、デザインとはまた少しちがう仕事ですよね?
- 私がやっている美術進行は、デザイナーが「より深く」であるなら「より広く」何から何まで……画面に映っている全てを俯瞰で見ていくような仕事です。立ち上げの段階ではデザイナーと一緒に取材やリサーチをしますし、セットとして現場に落とし込んでいくための手配や段取り、働きやすい環境づくりやモチベーション管理、安全の確保や予算管理、なんなら食事や移動のことまで。デザイナー、演出家、現場、それぞれのセクションの橋渡しをしながら、美術全体の取りまとめをしています。
- メイクやかつら制作の進行まで見るって、すごいですよね。
- もう、見る範囲が広すぎちゃって、どえらい仕事です。最初は、すんごいところに入っちゃったなと思いました(笑)。
- 管理するだけではなく円滑に動かすためには、伝え方や立ち回りの仕方もコツが必要そうですね?
- かなり多くの人と関わりますが、それぞれみんな職人なので、うまくコミュニケーションを取らないとわかってもらえない、というのはあるかもしれません。毎回、そのまま伝えるのではなく、内容や相手によって伝え方やアプローチを考えて、場合によっては具体的な提案を加えることもありますね。自分よりずっと年上のベテランの方も多いですが、きちんとこちらの希望を伝えるように心がけていますし、時には強く出なくちゃならないこともあるんです。
歩み寄りながら尊敬し合いながら、
二人三脚で進む美術制作の道
- 役割のちがう二人ですが、ひとつの案件の中でどんなふうに関わり合っているのでしょうか?
- 下調べから一緒にやりますし、収録現場にも一緒に立ち会っているので、最初から最後まで一緒にいる感じですよね。連続テレビ小説『ちむどんどん』(放送:2022年)も沖縄の暮らしや道具も一緒に勉強しましたし。
- そうですよね。設定としては何十年か前の物語ですけど、沖縄の家族の日常を丁寧に描くということにおいては、沖縄の人のように動いてみないとわからないっていうのがあって、いつものロケハンよりはちょっと長く滞在してリサーチしましたね。
- 二人とも色白だから、見事にマスク焼けしちゃって(笑)。そのくらい、沖縄に入り浸りました。
- あの気候だからこそ、温かくて大らかな雰囲気にもなるんだなあと思いました。ありがたいことに、ドラマの舞台となる場に身を置いて、空気を体感させてもらったからこそ、それをリアリティのあるセットに生かすことができましたよね。
- 一緒に取材や体感をしながらも、それをどう落とし込むかというところは変わってきますよね。
- デザイナーは、シンプルに見た目のおもしろさや、生かすことができそうな部分に着目して、そこから発想を広げながら具体的なプランに落とし込んでいきます。でも、通常の建築物をつくるのとはちがって、木製のものを木でつくるかといったらそうではないのがセットなので、どういう素材でつくるのがいいのかは美術進行に相談することもあります。
- デザイナーはインプットからさらに発想を膨らませるのが仕事だと思いますが、美術進行は、セットを組む段取りや搬出搬入の効率まで考えています。例えば、家の中にある木の柱も、重量のある木材ではなく中をくり抜いて軽量化すれば、セットの建て込みの時にも持ち運びが楽になります。でも、そうすると屋根の瓦は本物だと支えられないから、軽量素材を使って本物みたいに見せようとか。頭の中で、制作から撮影にいたるまでをシミュレーションしつつ、演出やデザイナーの要望を現実に落とし込むためにはどうしたらいいか、どこに相談したらいいかを常に考えていますね。
- 世の中にどんな素材が出回っているか、どういうメリットとデメリットかあるかも知識として持っていないと、美術進行の仕事はできないのかもしれませんね。すごいなと思います。
- それぞれに、今の仕事にはどんなスキルが必要だと思いますか?
- まずは観察力ですかね。取材の時はもちろんですが、365日24時間、どこにでもヒントが転がっていると思うので、普段からいろいろなものを見ていますし、人間観察もしています。
- デザイナーだと、ものすごく細かいところまで見ていますよね。デザイナーの想像力も羨ましいですし、ここから見るとこうなる、みたいな立体的な発想には驚かされることもあります。そして、それをセットの中に落とし込む力、図面で伝える能力もすごいなと思います。
美術進行にも、観察力や想像力も必要ですが、正直、体力も必要ですね。常に、腰袋に金づちとか釘とかインパクトドライバーとかをぶら下げて、デザイナーの指示で手直ししたり動かしたりしますし、収録時間が長くなることも多いですしね。もともとはそこまで体力に自信がある方ではないので、最近は筋トレしています(笑)。 - 統率力とか判断力も必要ですよね。
- 確かに、突発的なことも起こるので、何かあればまず美術進行に連絡がきますね。撮影の順番を入れ替えたらどんな問題が生じるかとか。まずは、安全第一で考えて、その上で撮影の要望を叶えるにはどうしたらいいかを考えます。最初は経験値がなくて、「それだと無理じゃん!」とか言われて、すみません!てまた考え直してとかありましたけど、今は頭の中で数パターン用意しています。いらない能力なんてひとつもなくて、経験がないと培っていけない力もありますし、最初は、元気があればなんでも!って感じかもしれません。
- 少しずつ異なる長所を認め合いながら仕事している感じ、いいですね。
- 確かに、お互いにリスペクトし合いながら、って感じですよね。取材も勉強も一緒にやっているので、同じ方向を見てやれているのが、いい結果に結びついていると思います。
- 歩み寄りながら一緒につくっている感じですよね。私たちの世代らしい関わり方のような気もします。
セットドラマだからこその魅力と、
未知なるものに挑むやりがい
- 今までさまざまな仕事に取り組んで、NHKアートらしさ、みたいなものを感じることはありましたか?
- 連続テレビ小説は1週間単位で撮影を進めていきますが、その中でいくつもの設定が出てくるので、その分のセットを作り込まなくてはなりません。スタジオの広さは決まっていますから、ひとつのセットで、こっちから見たら部屋のセットだけど、あっちから見たらオフィスの空間に見せるとか、そういうことを考えなくちゃならないんです。その段取りも含めて考えて実現できるのはNHKアートならでは、だと思います。
- 他局であればロケで撮影するところを、NHKはほとんどがセット撮影ですもんね。
- 家の前の通りですらセットを組みますし、大量の植木をスタジオに入れて森の中のセットをつくったり、巨大なプールに水を貯めて舟を浮かばせ海を表現したり。“ロケに行ったら早いじゃん!”みたいなものもセットで外っぽく見せるのもNHKアートの技術力。セットドラマだから伝えられる魅力もあると思いますし、大変だからこそやりがいもありますよね。美術以外のスタッフの方や演者さんがスタジオに入っていらして、反応がいいと報われた気持ちになります。
- バチっと決まると気持ちいいんですよね!美術進行って、他局のドラマだと一人が担当していることが多いそうですが、大河ドラマくらいになると美術進行だけでも4、5人のチームを組みます。そのくらい、セットも大掛かりですし、時間もかけていますし、さまざまなセクションのスタッフが何十人も関わっています。そのくらい大掛かりなものを、リアルを追求できる環境でやらせてもらえることは、ありがたいなと思います。
- 現在は、二人とも2024年の大河ドラマ『光る君へ』にむけて準備を進めているところと聞きました。
- そうですね、準備から2年がかりで取り組むことになります。自分のキャリアでも初めての大河ドラマなので、それをうまく安全に回し切るというのが今の目標です。平安時代となると、資料や決まり事はあるにしても、想像の部分も大きいという意味ではSFにも近いところもあって。先日も、衣装のテストがあったんですけど、十二単となると着せるのも大変ですし、楽屋からスタジオまでの距離を移動するのも不可能。となると、セットの中で着せないと難しいよねとか、既に今までになかったことを体験しています。
- 確かに、平安時代のものとなると、ドラマとしても前例があまりないんですよね。資料があまり残っていないので、それをどう実写化して当時の人たちの生きざまを伝えていくかが大事なところだと思っています。そう頻繁に関われる題材ではないと思うので、一生に一度の機会というくらいの気持ちで向き合いたいと思っています。とはいっても、常に目の前のことで精一杯で、じっくり向き合う余裕はないかもしれませんけど。
- 常に必死で、気づいたら終わっている、みたいな感じですもんね(笑)。
- 関わったドラマやセット美術をどんなふうに楽しんでほしいですか?
- 違和感なく見てもらえたらいいなと思います。違和感がおもしろさになることもあるんですけど、『ちむどんどん』や『光る君へ』に関しては、違和感なく伝えるということを大切に作り上げています。あとは、テレビドラマを楽しんでもらいたいですね!
- 本当、それですね!
- 最近は、テレビ自体を持っていない人も増えてきて、テレビの見方も変化していると思いますが、テレビドラマってなくしちゃいけないものだと思うんです。他局のドラマも含めて、現代のドラマには日本のトレンドが詰まっているじゃないですか。それは、後世に資料として残すものとしても大切な役割があると思うんです。
- 確かに、大変なこともあるけれど、価値のある仕事をさせてもらって幸せだなと思いますね。
プロフィール
2009年、NHKアートに入社。大河ドラマ『花燃ゆ』、『麒麟がくる』や連続テレビ小説『あまちゃん』、『ちむどんどん』など多くのドラマでデザインチームのひとりとして担当。好きなことは旅行で寺社仏閣・史跡を巡ることと映画鑑賞。
2014年、NHKアートに入社。入社以来、時代劇や現代ドラマの美術をコーディネートする役割である美術進行を担当。好きなことはドラマを見ることと音楽鑑賞。